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ソーシャルメディアがもたらしたマーケティングと経営の変質(1)

「顧客が、あなたの会社や製品、サービスについて、弱点を含めて何もかも知り尽くしているとしたら、あなたはいったいどうするか?」──これは、2005年にアメリカで発刊された「アドボカシー・マーケティング」(グレン・アーバン著)の出だしの一節である。 同書では続けて「インターネットの出現によって、顧客や製品やその関連情報はもとより、製品やサービスに不満を持った人が語るクチコミ情報さえも入手できるようになった。競合他社の製品に関しても、あらゆる情報が手にいる。インターネットの世界では、自社も競合他社も、創業まもない無名の企業も、顧客との距離は等しい」という。第一章のタイトルは「すべてを知り尽くされる時代」である。
日本では、映画「ソーシャルネットワーク」の全国ロードショーが始まったのが2011年1月15日からだった。この映画は、世界最大のSNS「Facebook(フェイスブック)」誕生の物語である。この映画の封切りをひとつのきっかけとして日本国内でもフェイスブックユーザーが激増した。そこから「フェイスブック」人口ははじわじわと増大の一途をたどっている。そういう背景を踏まえると、いよいよ日本でも「すべてを知り尽くされる時代」が到来したと実感せざるをえない。内部告発によって企業ぐるみの社会的犯罪が次々と明るみになっている事実を脇へ置いても、「企業(とその経営者)が素っ裸にされる時代」が来ているのである。
そんな時代に、企業が取り得る行動原則はいかなるものか、という問いに対する答が「アドボカシー」というコンセプトなのであるが、そのことを詳しく論じる前に、近代マーケティングの変遷について、アメリカの経営学者、フィリップ・コトラーの著書「コトラーのマーケティング3.0」に準じて3段階にまとめてみたい。

1.0=生産者の視点
【いいものを作れば売れる製品中心のマーケティング】
品質で競争する市場。この市場では商品の品質や性能が良くないと消費者から愛されない。生産の自動化、標準化で大量生産システムを稼動し、商品価格を下げた企業が市場の勝者となる。企業のマーケティングも当然、製品中心に回る。

2.0=消費者の視点
【顧客がほしいものを作る顧客中心のマーケティング】
差別化された機能とサービスで競争する市場。商品の品質が標準化されているため、もう品質だけでは勝ち目がない。この市場では消費者のニーズと欲求を把握して、差別化されたサービスを付加し、満足度を高めた企業が生き残る。顧客満足、顧客感動のための感性マーケティングがこの市場の舵を取る。

3.0=魂の視点
【世界をよりよい場所にする全人的マーケティング】
価値が主導する新しい市場。この市場では消費者の理性と感性を充足させることを越えて、魂を感動させなければならない。コトラー教授によれば、これからは企業が消費者の霊的な熱望まで満足させるべきであり、その核心は「意味」と「価値」を供給することである。

国や地域や産業によって、この3段階のうちのどのあたりに位置するかはまちまちであろうが、概して、現在のマーケティングは「2.5」期から「3.0」へ向かう段階にあると考えられる。このような移行、すなわち「マーケットの変質」を生んだ時代的背景とはどのようなものだったか。まず第一に、いくつもの大きな産業で「市場が成熟」しているという点である。先進国では、冷蔵庫や洗濯機という白もの家電は言うに及ばず、車やテレビ、パソコンといった商品は人々に行き渡り、日常生活に浸透している。いまさら自動車が電気で走るようになったり、テレビやパソコンが液晶になって軽量小型化したからといって、個人の価値観が激変するようなことは起こらない。スマートフォンの登場は確かに衝撃的であったが、これほど大きなインパクトをもつ商材は減ってきているのである。
次に、それらの商品の「品質が横並び」であるという点である。もちろん企業は品質向上にしのぎを削っていて、品質に差があるのは確かなことなのだが、その差が、消費者の物質的欲求を決定的に左右するほどの大きさになりにくい時代となった。そのうえ、「情報は過剰」であり、それによって「消費者がパワフル」になってきている。

成熟した市場、横並びの品質、過剰な情報、パワフルな消費者──。このような背景が、人間を、物質的な満足よりも社会的貢献を通した満足に向かわせていると考えられる。コトラーは「マーケティング3.0とは、企業が消費者中心の考え方から人間中心の考え方に移行し、収益性と企業の社会的責任がうまく両立する段階である」 と述べている。さらに、「人間の最も重要な欲求として、精神的欲求が生存欲求にますます取って代わりつつある」「ソーシャル・ネットワークの成長によって、人びとは既存の企業や製品ブランドについて、機能的パフォーマンスだけでなく社会的パフォーマンスの観点からも語り合うことができるようになっている。新世代の消費者は、社会の課題や関心に従来の消費者よりはるかに敏感」だとも述べている。現在の消費者は「魂の視点」に立ち、世界をよりよい場所にしたい、社会の課題を解決して役に立ちたい、と願っている。したがって自分たちと同様の価値観を共有できる企業や企業経営者を応援するという視点に立つ。だからこそ、かつてなく、企業理念やミッション、使命感、ビジョンを問いただそうとするのである。

企業は、顧客との長期的な信頼関係を築くことを最優先の課題とし、自社の利益や、短期的なメリットの提供は二の次にしても「顧客にとっての最善」を徹底的に追求しなければならない。顧客の利益や満足度を最大化するためなら、一時的に自社の利益に反することでも行わなければならない。これが、ソーシャルメディアがもたらしたマーケティング3.0時代に企業が取るべきアドボカシー戦略の基本である。

by ITコーディネータ:永田ショウ造@まいどフォーラム(2012,01,29)

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