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中小規模製造業の海外生産拠点構築に関する問題点について

中小規模製造業の海外生産拠点構築に関する問題点について

1.はじめに
2011年は円高が企業業績に甚大な影響を与えた年でした。2012年3月下旬の時点で1ドル82円台に戻したとはいうものの、例えば2年前の2010年3月には90円、4年前2008年3月にはまだ101円であったことを思い起こすならば、その動きの激しさと速さに危機感を覚えます。円高は言うまでもなく日本企業が提供する商品やサービスの価格を他国企業の同等物に対して高くしてしまいます。製造業を念頭に置くならば、日本国内で製造する製品が海外で製造された製品との価格競争に国内外を問わず晒され、国内の企業は苦境に立たされることになります。しかもそのような問題が、円高という一企業には手の負えない要因によって引き起こされるのです。
中小規模の製造業も大企業と同様にこの円高嵐の影響を多く受けてきました。大きな船に比べて小さな船が嵐に弱いように、その受けた影響は大企業以上に厳しいといえるでしょう。他国製品の価格に対抗して自社製品の価格を安価に保てるよう、多くの企業はその対策として海外での生産拠点を持つことを考えました。そして進出した結果、ある程度の成功を収めることができた企業とうまくいっていない企業の差がでています。
本稿では、そのように企業が海外(現在では、主に中国や東南アジア地域)での生産拠点を構築するときに直面する問題について検討を加え、成功に必要ないくつかの要素について考察したいと思います。

2.中小規模から生じる問題とは
生産拠点を構築する場合に、大規模と中小規模でどんな違いが出てくるのでしょうか。まず、規模が大企業と比べて小さいために生じる問題を考えます。
1) 規模の違いから生じる特徴
海外拠点における生産量の大小によって、雇用するワーカーの人数規模が異なります。国内と海外、両者間で生じる生産コストの差は、税金、土地代、エネルギー費用などもあるにはありますが、労働コストの差異が圧倒的です。海外拠点に日本人を配置するならば、拠点運用のコストに非常に大きなインパクトを与えます。耳にされている情報で1人年の労務費を計算するならば、いかにインパクトが大きいかは理解いただけるでしょう。一方、会社の経営、技術指導、品質管理、経理、営業活動などの分野で日本人なしでは現実は済まされません。つまるところ、海外拠点における現地ワーカー数に対する日本人比率が、海外拠点をもくことのコストメリットを出すために大きな要素になることがわかります。明らかに、規模が大きければ大きいほど、この面では有利になります。
2) 製造工程に見られる特徴
大企業の製造拠点の中を見ていますと、概して製造工程は細分化され、細分化されたそれぞれの工程に数人~数十人の現地ワーカーが充てられます。ここで二つのポイントに注目できます。一つは「工程が細分化されている」ということ、もう一つは多数のワーカーが同じ仕事をするということです。工程が細分化されている場合、その中の一つの工程に注目するならばそこでなされる作業は比較的単純です。工程の中身が単純であれば、雇い入れたワーカーがその工程を一人前にするための教育も簡単なもので足り、教えられたワーカーは短期間で戦力となります。また、多数のワーカーが同じ工程で作業することは、人の入れ替わりが生じた場合の影響が少なくて済むことになります。
では、中小規模の工場ではどんな製造工程が想像できるでしょうか。余程の単純な品物でない限り一人もしくは一組のワーカーの集団に複数の工程を担当させます。機械加工を例に採りますと加工材料を確認し、加工機械に置いて固定し、図面を読んで当該工程の切削などを行い、次の工程に送ります。しかも、一つの工程だけではなく、この種の工程の複数を一組のワーカーが担当します。その工程で一人前に働けるワーカーを得るために、企業はより多くの教育を施す必要があります。工場負荷の繁閑に対応できるようワーカー配置に柔軟性を持たせるため、多能工化は国内同様とまでは行かなくとも考慮しておく必要があります。加えて、中小規模の工場は多品種少量生産になりがちであることを考えるならば、これも多能工化のドライビングフォースとなります。これは、ますます教育に期間を要すようにさせる要因です。ワーカーに多くを教えなければならにということは、ワーカーの能力の個人差を大きくする要因となります。したがって、人の入れ替わりが生じた場合の影響が大企業の場合よりも大きくなります。
3) 日本の産業構造に見られる特徴
日本企業が海外進出を行う場合、日本の産業構造がそのまま海外に移転して行きます。中小企業の顧客の多くは、一般消費者向け最終製品を製造する大企業です。中小企業は日本国内でも部品を加工して製作し、部品や半製品などを企業向けに作っていました。自動車メーカーの海外進出を追いかけて中小企業も某国に工場を作った、というのが好例でしょう。ここでも二つのポイントに着目できます。
まず、この産業構造を考えますと、中小の場合に素材加工的な要素が強く、大企業の場合には部品を組み立てる仕事が多くなるはずです。中小はより素材加工に近く、機械加工や溶接などの技能が要求される仕事を担当します。それに対して、部品を組み立てる工程は一度教えられれば繰り返し要素の多い比較的単純な作業となります。
次に、自動車メーカーがなぜ部品メーカーを海外に呼ぶのか、その理由はその国の産業構造が日本と異なるからです。日本の下請け構造に見られる製造のピラミッド型階層の産業構造が海外にはありません。地場で部品を作ることができる企業がありません。国内の工場と同じ工程で海外の製造を行うために、部品を供給してくれる中小企業が海外でも必要なのです。その理由で大企業が中小企業に海外進出を勧めました。では、何が問題となるでしょか。顧客である大企業を追って中小企業も海外進出しますが、国内で中小企業のさらに下にあった製造階層は当該国にはありません。大企業は国内での生産工程をそのまま海外に移せますが、その下請けである企業は国内と同じ生産工程では海外拠点で生産ができない訳です。中小の製造業にはその部分の生産設備の投資が必要になります。その部分の製造技術が国内でもその企業自身にないならば、製造指導もできないことになり、海外製造拠点は機能しません。

3.海外拠点構築のポイント
上記の各事象の考察からまとめてみます。
1) 人数規模対策
海外拠点構築に際して、まず最小限の規模があるということを把握しなければなりません。日本人を海外に置くならば、当然国内で日本人を雇用する以上の費用が発生します。現地人対日本人の人数比率の検討、これが一つのポイントです。
2) ジョブホッピングとワーカー教育対策
国内でも転職が増えたとはいうものの、未だに日本人の雇用の流動性の低さは異常です。国外では転職は当たり前であり、ワーカーがどんどん入れ替わることを前提に製造工程やワーカー教育を計画しなければなりません。また、個人が持つ技能や技術を仲間のワーカーに教授することはありません。つまり、いつまで経っても日本人が入れ替わるワーカーへの教育を延々と続ける覚悟が必要です。しかも多能工化を目指せば目指すほど、教育には時間と費用がかかります。そのための日本人の人数も、当然前項の人数にカウントしなければなりません。教え終わったと思った途端、当人は他社に高給で引き抜かれて退職して行きます。A社で働いていたワーカーが順に辞めていって、みんな地元のB社に就職し、A社から学んだ技術を売りにしてB社がA社と市場で競合する。A社はB社との競争に晒されるばかりでなく従業員の減少のために拠点閉鎖に追い込まれる。このような事例は現実にあります。
3) 異なった産業構造対策
日本でその企業がどんな業務を外注しているか、精査する必要があります。それを国内同様に当該国で外注できるでしょうか。外注できなければ、そのための設備と指導員を海外拠点のためだけに持たなければなりません。

4.むすびに
中小規模の製造業の海外拠点構築を成功させる安易な方程式はないと思います。筆者の経験から、本稿で述べたいくつかの問題点は海外拠点での生産活動を成功させるために、見落としてはならない事実と考えています。もちろん、企業の製造品目の内容によって、業種ごとにさらに考えるべき問題はでてくることでしょう。しかしながら、あまねく直面するであろう問題として、本稿での指摘事項を受け止めていただければ幸いです。

ITコーディネータ     松下 悟

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