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成功事例にもとづくERP導入の実務(その3)

ITコーディネータ 松下 悟

1. はじめに

本稿は、筆者が経験したERP導入を振り返ってその成功要因をまとめたものです。今回は最終回「その3」として、ソフトウェア開発を開始するフェーズから、新システムへ移行してプロジェクトが終了するまでを扱います。
筆者の事例ではベンダー決定からシステム切替え終了までを9ヶ月で行いました。「その2」で解説したベンダー決定~仕様決定が2ヶ月でしたので、本稿ではソフトウェア開発フェーズからの7ヶ月の業務の説明をしています。

2.ソフトウェア開発管理

ERP導入では、一般にソフトウェア開発フェーズでの管理業務は高い負荷ではありません。もちろん、ERPにアドオンで加える修正の製作量、ERPとは別のソフトウェアで作る画面や機能の製作量がリーズナブルな量に収まっているという前提です。通常のソフトウェア開発で行うのと同様に、製作する機能ごと、プログラムごとに明示されたWBSを作って進捗、検査、完了をチェックしていきます。
基本的にベンダーとの契約はソフトウェア開発内容が確定した時点で金額も確定します。このフェーズで仕様決定にまで遡る大きな変更が発生しなければ、ERP導入プロジェクトの予算管理はある程度の目途が着いたことになります。
開発が終わり、機能が揃った部分から、いよいよマスターデータの登録に入っていきます。マスターデータとは、会社の組織、社員、派遣者、客先、発注先、銀行口座、支払い条件など、一連の情報を指します。それらが揃うに従って、実データによるシステムの動き方を逐次検証して行きます。

3.システム切替え準備

ERP導入における最もリスクある作業の一つが新システムへの切替え作業です。いうまでも無く、企業が事業活動を続ける中で切り替えを行いますので、切り替えに失敗するなら膨大な修正作業や再入力作業など一般社員の業務を止めてしまう可能性もあります。決算がまともにできず、業績報告に支障をきたせば、企業の社会的信用、存続にかかわる問題ともなりかねません。切替えに失敗して、旧システムに戻すこともできず、悲惨な状況下で新システムへの改造作業を行わねばならなかった事例は枚挙に暇ありません。
切り替え準備で大切な項目は以下の4点です。
1) 新システムへのデータ移行方法の決定とそのためのツール作成
2)システムの切替え手順と日程、体制
3)教育の方法と日程
4)切替え後のシステム使用方法のサポート
これらを周到に、かつ綿密に計画することがプロジェクト後半の成否を握ります。以下に、各項目について述べていきます。

4.データ移行方法
   システム切替え時には、旧システムから経理情報をすべて一旦ファイルに出力し、新システムにそれを読み込ませることでデータを移行します。簡単に言うとこれだけですが、実際には実にさまざまな経理上の事象や措置がしてあって難航する作業です。
   まず、社員情報や客先情報、発注先の情報など、比較的変化の少ないマスターデータ類はあらかじめ抜き出して新システムにに移しておくことができます。多少の変化は、後追いでERPに手入力しても対応できます。ただ、筆者のケースの場合、本稿のシリーズ(その1)で述べたように2社の基幹システム統合を同時に行いました。これは単に基幹システムを切替える場合には無い事象、つまり2社が同じ顧客やベンダーを別々の分類で管理していたり、同じ相手で支店の口座が違う、支払い条件が違う、統合した2社がかつて互いに顧客でもあり互いに発注先でもあって、案件の消し込みが必要であるなどありとあらゆる事象が現実に発生して、一つの整合性あるデータに作り直すために多大の労力を要しました。この混乱はプロジェクト工程に影響を与えました。
   また、受発注の状態、発注額、仕掛案件の金額、各種財務上の金額などはデータ量が多量であり、当然ですが人的作業の力業で新システムへ移すことは実際的ではありません。移行ツールとして旧システムからデータを抜き出して新システムが読める形でファイルを作るプログラムを作る必要があります。移行準備としてこのプログラムを作り、何度も実データでシミュレーションをして、確かにそのツールによって正しく旧システムから新システムへデータを移せることを慎重に確認します。何度も予行をして問題をつぶします。
   特に、旧システムがスパゲッティ状態、つまり変更に次ぐ変更で例外処理だらけであるときには、ある時点のデータで新システムへの移行を行ってみて新旧システムを慎重に比較する必要があります。異常値を見つけるならば都度原因を探り、あるべき姿を決め、その状態を新システムで実現できるように移行プログラムに対応機能を追加します。
   今回のように2社の基幹システムを統合する場合にはプログラム作成だけで通常の倍、さらに2社のデータの整合を確認するためにその倍以上の手間を要しました。
   筆者の事例では、当初、ソフトウェア開発開始から5ヶ月目の月末に旧システムでの最終月締めを行い6ヶ月目に新システムへ移行する工程を立てていました。しかし、上述のマスターデータの不整合と例外処理対応で移行ツールのプログラムを修正し続けたためにツール完成が間に合わず、結局1ヶ月切替えを延期しました。工程変更において、社長への説明を行い、承認を取り付けて社内アナウンスを実施しました。
   
5.システム切替えの手順と日程、および体制
   切替え手順の計画にはベンダーの経験を借りつつ社内調整を重ねて慎重さが求められます。手順は次のとおりです:
     1)(N-1)月の月次決算をN月の初めに旧システムで終えます。
     2)N月の数日間、旧システムへの入力を凍結します。
     3)その間に新システムへデータを上述のツールで読み込ませます。
     4)新システム上で旧システムの状態と数値を確認します。
     5)数字が一致していれば、新システムの使用を開始します。
そして、新システムでN月の決算を無事終えれば、とりあえずは成功ということになります。
   大きな企業の場合、経理部門を中心に事業部の経理担当、営業部門、調達部門ら、データ確認の体制を組んで、何をどの期間でチェックを終えるか、綿密な工程と体制を組みます。手順の説明、それぞれの役割の確認、担当者の疑問に対する回答など、切替えの約3ヶ月前から何度も話し合いの場を持ち、説明し、意識合わせをしました。
   社長、財務担当役員、事業部長ら、関連する部門トップの協力を取り付けておくことは言うまでもありません。社内へ切替え工程をアナウンスする日程やアナウンスの方法も周到に準備します。

6.教育の方法
   新システムの教育も十分な配慮に値するテーマです。システムが切替えられたあとでは新システムを使わなければ企業活動が行えない訳ですから、とにかく全社員に自分が使う範囲を教える必要があります。
   教育の内容は、部門からプロジェクトに参加しているプロジェクトメンバーの意見を入れつつ部門ごとにコンテンツを考えました。経理部門、調達部門、営業部門、各事業所の業種ごと、経費等の処理担当者ごと、などです。教育のテキストと研修用の実機環境も準備しました。十数台のパソコンを教育用セットとして事業所を順回すパターンです。
   システム切替え予定日の2ヶ月前から教育日程を組み、1日ないし2日の教育をとにかく全員に受けさせます。役員クラスから受講命令を出させます。また、各部門のプロジェクトメンバーは自部門の社員が理解するよう内容調整や日程調整に責務を与えます。使い方が判らないという声が上がることは当該部門の教育活動の不徹底ということで、役員やプロジェクトメンバーの責任を問うことさえもしました。教育は技術者をプロジェクト本部から派遣して行いました。
   実際にパソコンを操作できる環境を作ること、できる限り多くの教育要員をシステム部門から出すこと、全員が教育を受けるよう徹底させること、そして各部門にある程度はシステムについて教育のできる要員を置くこと(今回はプロジェクトメンバー)。これらが教育成功の鍵と考えます。役員クラスを巻き込み、システムが入った後で部門の業務を停止させるのは部門責任者の責任、とまで認識を持たせました。
   今回のERP導入において、結果的にシステム切替え後に問い合わせの殺到によるプロジェクト側の機能停止は起きませんでした。システムが使いにくい、あるいは実務に使用不能である状況も生じませんでした。これらの事象が起きなかったのは、仕様決定までに各部門からプロジェクトに参加したメンバーが自部門の要求を反映できたこと、あるいは妥協できる範囲を把握して仕様を決めたこと、そして事前教育に重きを置いた成果でした。

7.システムの切替えとその後のサポート
   これまで述べてきた準備の下に移行を決行しました。旧システムでの決算を終え、旧システムの使用を凍結し、新システムへデータを移行します。そして新システムであらかじめ決めておいた財務諸数値を関係者全員が確認していきます。その結果が次々とプロジェクトの本部に報告されます。若干の数値の不一致に対して人力でデータ変更を加え、新システムの使用を開始して問題がないとの判断を下します。そして切替え前日夜に翌日からの新システム使用を全社へ通達します。
  サポート体制として、新システムの使用開始日から約1ヶ月間、主な部署単位にシステム開発の技術メンバーを配置し、技術メンバーと部署のプロジェクトメンバーが部員からの問い合わせに応えること、プロジェクト本部への問い合わせは技術メンバーかプロジェクトメンバーから必ず行うことをルールとしました。結果的に、このような要員配置と連絡ルールを決めて体制を敷いたことが、プロジェクト本部側への問い合わせ殺到などの混乱を回避できた要因でした。新システムを使い始めて1週間、2週間、だんだんと問い合わせが減ってきます。そして月末には再び問い合わせが増え、それに対応している間に切替え後初めての月締めを迎えます。
   切替えは、年度末をはずすことが賢明です。ただでさえ処理数が増える年度末にシステム切替えを重ねることは非常に危険です。事情のわかった担当者の人数はどの企業でも限られていますから、その人数でデータを確認できる量を物理的に超してしまう場合もあるでしょう。データ処理量が特に多くない月を選んで切替え、さらに何度か新システムでの月締めを経験させて問い合わせを減らしてから、満を持して年度末の決算を迎えられるように工程を組みます。  
   本事例では、ソフトウェア開発開始後から6カ月目の月末締めを旧システムで行い、切替を経て、7ヶ月目の月末決算を新システムで終えることができました。その数ヵ月後、新システムでの年度末決算も無事終えることができ、ERP導入プロジェクトは終了を宣言しました。

8.プロジェクト全体の結び
   このようにしてERP導入を無事終えることができました。いうまでもなく、当初定めたERP導入の目的は旗印として最後まで貫きました。また、ERPの選定や仕様決定の段階で社内各部門を巻き込み、プロジェクトに各部門からメンバーを出させ、導入後に仕様に関するクレームが出ない(言わさない)手順を踏みました。導入教育の実施ややデータ確認に各部門の十分な協力を取り付けられる仕掛けをするとともに、各部門が困らないようにプロジェクト側で人資源を用意して配置していきました。
   ERP導入を行う上での混乱は多くの場合、人的要因によるところが多いでしょう。会社トップの意思がフラフラする、現場から不満の声が上がる、各部門がプロジェクトに非協力的になる、などです。導入にはもちろん技術面での優秀なスタッフが必要です。信頼できるベンダーがいなければシステムは見込みどおりには動きません。が、それに加えてプロジェクトリーダーが人的リスクへの備えをし、企業の職制を使える限り使い、統制を保って最後までERP導入を指揮し続けることが成功の要因であることを述べて、3回にわたったERP導入事例紹介を終えます。   
                                               以上

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