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安倍政権のデフレ対策に及ぼす国際分業構造の影響

1.はじめに
  1月に安倍政権が発足して、我が国の経済状況に動きが出ている。報道されているのは3本の矢と称する政策、すなわち大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略、の3項目である。特にデフレ脱却のために物価上昇率2%の目標が置かれている。
  企業が経営戦略を立てる際に、マクロ経済の動向を考慮に入れることは当然である。逆風下での事業展開を図るよりも順風下で事業を展開する方が成功確率は言うまでもなく高い。本稿では、事業環境分析の一側面として、グローバル化した今日の経済構造を意識し、国際分業の影響を考えて、政府の物価上昇率目標達成への構造的阻害要因を論じる。

2.原理編 ~物価上昇への転換を促す要因~
  経済学の入り口でよく解説される需要と供給の関係がある。すなわち、需要に対して供給が少なければ、当該の品物やサービスなどの値段が上がって行く。売り手よりも買い手が多い状態であって、美術品のオークションのように、買い手は対象を手に入れるために競争状態の中に置かれる。品物を得るために他の買い手と競争し、他者よりも高い金額を支払って何とか品物を得ようとする。これによって価格は上昇して行く。これが昔も今も競争による物価上昇の基本的な原理である。
  一方で、買い手よりも売り手が多ければどうなるか。品物を買ってもらうために、売り手が競争して価格を下げあう。この状態が延々と続くことがデフレである。とにかく買い手が少ない。少ない買い手に売り手が殺到して仕事を奪い合う。その状態がバブル崩壊以降、国内では続いて来た。
  冒頭に挙げた安倍政権の政策は、端的にいうと、買い手を増やすことである。国内の金融緩和によって資金を持つ法人を増やし、買い手の数を相対的に増やし、需要を増やし、供給を逼迫させることで物価上昇を起こそうとしている。財政出動によって政府や地方自治体などが自ら積極的な買い手になる。あるいは、補助金制度の適用ターゲットを政策誘導し、通常では設備投資に踏み切らない企業に設備投資意欲を起こさせる。これらが買い手を増やす施策である。この政策は物価上昇の効果を期待できるのだろうか?

3.現実編 ~物価上昇への転換可否の検証~ 
3.1 国外供給者の存在
  国内市場において売り手よりも買い手を多くすることができるかどうか、それは注目する産業の構造によって結果が分かれる。
  例を挙げて考えてみる。産業の基礎素材である鉄鋼に注目すると、中国に過大な鉄鋼生産設備があることは周知の事実である。需要に対する生産能力過剰がマスコミ等で指摘されている。鉄鋼の品質面や性能面で中国製を受け入れられる分野であれば、日本国内でどれほど買い手がいても中国を含めた売り手は逼迫しない。二昔前には日本の鉄鋼業が米国と競争していた時期があった。米国は巨大な鉄鋼供給者であった。が、日本の鉄鋼業は米国との競争に勝ち、米国は敗れた。米国の鉄鋼生産設備は廃棄されて行った。当時の米国と現在の中国の違い、それは、今日、中国が日本に比べて圧倒的に安い価格で鉄鋼製品を販売して来るということにある。昔の米国との競争では日本が価格面と品質面で勝つことができた。しかし、今日、中国相手では、品質で勝ってはいても価格で勝つことができない。日本よりも新しい生産設備、中国自体の巨大な市場。安く維持されたエネルギー、安い人件費。鉄鋼産業の場合、価格競争力の維持にはある程度の生産量を維持しなければならず、価格競争に負け続ければ生産量が保てず、競争力ある生産者としての役割をいずれは果たせなくなる。しかも、新しい設備を備えた中国はやがて技術的にも日本に追い付いてくるであろう。日本の近くにいる巨大な供給者を無視することはますます難しくなり、鉄鋼の価格は中国製品の価格に引っ張られる。加えて、東南アジアやインドに目をやると、鉄鋼生産設備増強の計画がまだまだ続いてある。設備過剰による過当競争環境は当分収まりそうもない。
  実は、中国の存在は材料としての鉄鋼だけに限られてはいない。鉄鋼を使用した構造物を製造する鉄工業界においても、最新の大型加工機械を備えた業者が、中国において過剰なまでに存在している。中国という大国の中での国内市場も大きい。日本国内での案件であっても納期と品質が許される限り、鉄鋼加工製品に関して中国の機械加工業者や溶接加工業者は競争相手となる。ゼネコンの下請けで、ビルなどに使われる鉄骨を建設されるビルの構造に合わせてあらかじめ工場で切断、穴あけ、部材溶接などを行うファブリケータと呼ばれる業界があるが、その世界でも今日では中国など東アジアの業者が競争相手に登場している。金融緩和や財政出動で日本国内での買い手が増え、鉄鋼加工製品の需要が相当量増えても、売り手に中国をはじめとする国外の加工業者を含めるならば、買い手よりも売り手が少ない環境にはならないつまり、物価上昇の条件は整わない。
  もう一つ例を挙げる。エチレンは化学工業における基礎素材である。原油を精製してナフサを得て、ナフサからエチレンが作られる。これも二昔前までは原油を日本に運び、日本国内の石油精製工場でエチレンまで製造していた。産油国は文字通り原油を産するだけ、加工、精製は消費側の先進国で行われていた。しかし、今日、エチレン製造の拠点の主役は産油国、もしくは輸送上の中間地点である東南アジアに移っている。しかも、日本国内にかつてあったものよりも巨大で、かつ新しいプラントで製造される。最新の技術、規模、人件費、エネルギーコストのどれを比較しても、それらプラントで生産される製品の価格は日本国内で生産されるものの価格よりも安い。このエチレンも世界的には需要に対して生産設備が過剰と言われている。安く生産できる設備を持った新しい超大手の売り手どうしで、過剰生産による安値競争が展開される。その市場に、古くコストのかかる日本の生産設備で作られた製品は割って入ることができない。現在は日本国内の生産設備が余剰となり、廃棄される流れにある。国内の施策によって日本国内で買い手が増えても、製品価格は海外市場で上値が抑えられ、しかも余剰の生産設備から供給されるものが輸入される限り、エチレンの価格は上がらない。
  これらの例から言えるのは、輸入される品物、海外で代替のできるサービス、は価格上昇を期待できない。売り手である国内企業は海外の市場価格に販売価格が引っ張られ、相応の安値に留まらざるを得ない。どれほど国内の買い手が増えても、海外を含めるとまだまだ圧倒的多数の売り手がいる。アベノミクスは成果を出せない。アベノミクスの恩恵を受けるには、これらの業界では難しいということになる。
では、売り手が買い手よりも少なくなりうる産業は何か。いわゆる内需産業は、政府の財政出動と金融緩和で物価が上昇する。時間、立地、品質、などの要求に対して海外に代替品がない、あっても輸送コストが高い。そのように国外の売り手が登場しない産業は価格上昇を期待できる。震災復興を含めて政府が実施する工事などを、財政出動により多数発注して来ると、国内でそれを受託できる企業の数は限られるために、売り手が買い手よりも少なくなる。震災復興の対象地域は当然、国内である。建設業全般にもこれは言える。建物を造るというニーズに関して、海外では代替にならない。国内に建物を欲しいのに、海外に立てても意味がない。その他にも、屑鉄の再生、廃プラスチックの再生、も内需と言えるだろう。屑鉄も廃プラも国内で発生する。その処理のために、海外に持って出ても輸送費がコストを上げる要因となって、処理したものが売れない。食糧の消費も、日本国民が存在する限り内需。医薬品の小売、福祉サービス、通信事業、そして農業も内需である。

3.2 日本企業が投資する場所 
  金融緩和によって日本企業が投資資金を手にしたとして、その資金をどこで使おうとするだろうか。設備投資を行う場合を考えるならば、生産設備を新設して、売って事業を続ける。そこで生産されるものは海外の競合企業との価格競争に勝たなければならない。設備そのものを手にするための費用が同額としても、運転するためのコスト、すなわちエネルギーコストと人件費、製品の購入相手との距離、輸送費、さらに法人税などを比較して、立地を決めるはずである。今日、多くの企業が新しい工場を国外に建設している。一時、中国進出はブームであった。最近では東南アジアが再び脚光を浴びている。タイ、ベトナム、インドネシア、そしてミャンマー。今日、産業の基礎素材と見られて大量に生産されるものについて、日本国内での生産が国外の工場、国外の企業と比べて競争力を持てるものは、限りなく少ないと考えている。たいていのものは、日本で作らない方が安い。業界によっては最近では国内での新工場建設は皆無である。国内での設備投資は、特殊なもの、数量が少ないものに限られる。内需産業の分野においても、国外で作って国内に持ち込む方が安く作れるものは多々ある。
  このような場合、日本企業が新しい事業展開のための投資を国外で行っても、国内経済に直接の寄与がない。国内の買い手増加にはならないからである。海外での投資に資金が向けられること、これはアベノミクスの効果を弱める別の要因である。
  そうであれば、企業を国内での設備投資に動かす要因は何かあるだろうか? 新聞等で比較的論じられることが少ないのが、国外における人材流動性に起因する弊害である。国外に工場を作り、現地スタッフを育成して現地ワーカーを管理し生産を行う。さらには、技術開発も現地で始める。だが、彼ら現地の管理スタッフや開発スタッフは比較的安易にジョブホッピングを行っていく。教えたこと、彼らが身に着けた技術、知識は日本企業に残らない。暗黙知の表出は、実際にはなかなかうまくは行かない。一般に、日本人ほど自分の持つ知識や技術を喜んで他人に教える企業人は海外にはいない。海外の場合、現地スタッフや開発技術者はその企業における自分の存在価値を高く保つために、自分の持つ知識や技術を他の人に教えたがらない。そして、自分に身に着けた技術や知識をその企業に残さぬまま、敷居低く他社へ転職して行く。このことから、技術を自社に残したい企業は国外での投資をためらうであろう。技術開発は企業ロイヤリティの高い日本人で行うことが安全である。国外投資を行っても、それは国内で完成させた技術、ノウハウ、プロセスを使って生産するだけの場として考える。この観点から、国内での事業発展に注力する企業は出てくる。

3.3 円安の影響について
  3月9日時点で、円は96円まで下落した。国内で生産された自動車を筆頭に、円安は輸出産業に利益をもたらす。ただ、輸出産業であっても原材料を輸入して付加価値をつけて輸出している産業ではいずれ生産コスト増に円安が利くようになり、円安恩恵は受けられなくなる。国内で加えられる付加価値が大きく、輸入された原材料費が価格に占める割合が少ない企業は、円安恩恵を受け続けるだろう。
  一方で、国内で消費されるLNGなどエネルギー分野では、円換算でより高い価格で国外から買うことになる。ガソリンは値上がりする。電力料金の値上げ圧力は一層高まる。国内で消費される物資に関して言えば、円安は利益を飛ばす要因である。内需産業であっても、原価に占める輸入品比率が高い産業ではマイナス効果になる。円安影響を価格転嫁できなければ、金融緩和によって企業に資金を供給しやすくしようとする政策に対して、円安は政策効果を減ずる方向に働く。
  では、円安による恩恵は輸出企業の価格競争力を高めることだけなのだろうか。本稿で論じている買い手に対する売り手の数の観点でみると、円安は国外で製作された品物やサービスの価格を上げるため、国外から入ってくる売り手をブロックする効果が期待できる。円安は影響範囲が広い。国外の競合他社と日本国内・国外市場でせめぎあいをしていた業界では、直接的な金融緩和や財政出動以上に、円安による市場環境変化は物価上昇に効果あり、と考えられる。

4.むすび
  以上、マクロ経済の動向を国際分業の観点から論じてきた。国内での政策効果を高めるために市場に壁を作り鎖国政策を採ることは、今日ではできない。それは、長期的に見て日本の競争力を弱めるだけであろう。隣国との間の塀が非常に低い世界でわたしたちが生活していることは、きちんと認識しなければならない。3本の矢の3本目、「成長戦略」がどう出されるかは注目すべきであろうが、それを待っていては企業経営はできない。経営戦略的には、アベノミクスの恩恵を受けやすい方向で自社の事業領域を考え、経営施策を選ぶのが経済状勢を利用する道である。
ITコーディネータ     松下 悟

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