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売買契約モデルから考える営業強化の方策(その1)

1.はじめに

企業の業績が思わしくなくなるたびに「営業を強化せよ」との号令が社内で発せられます。いや、業績の悪化を待つまでもなく、営利企業は常に自社の営業機能、営業活動を強化して多くの利益を上げて企業の基盤を強くしたいと考えています。

営業強化のやり方というのは、もちろん個々の企業が展開する事業領域や産み出す製品、サービスなどによって異なっています。そして営業活動は人間を相手にし、不確定要素も多く、定量化が難しいものと言われています。営業とは、経験と勘である、という方もおられるでしょう。しかし、そのような見方を認めたうえで、営業力を強化するための普遍的な考え方、どの業界でも通用する共通の方向性、そのようなものを見出すことができるのか試みたいと思いました。

2.売買契約の定義

企業の営利活動とは、ひとつ一つの売買契約が積み重ねられたものです。本稿では、売買契約とは;
①製品、商品、情報、工事、サービスなどを、
②売り手が買い手に提供し
③売り手がその対価を得ること
を意味するものと定義します。そのイメージを図1に示します。

図1 売買契約モデル(NSモデル)

買い手には何かを手に入れたいという需要があり、その対象をNeedsと呼ぶことにします。図では「N」と表します。売り手は売って対価を得たい何かを持っていて、その「何か」をSolutionsと呼ぶことにします。図では「S」と表します。
買い手のNeeds「N」と売り手のSolutions「S」が一致したとき売買契約締結の前提条件が整い、それに対する対価の額その他取引上の諸条件が両者で合意されたときに契約は成立します。本稿では、NeedsとSolutionsが一致するまでの段階に焦点を当てます。
以下、本稿で用いるこのような売買モデルをNSモデルと呼ぶことにします。

 

3.売買契約の『支配』について

次に、本稿で取り上げる『支配』という概念を説明します。売買契約においてそれが締結に至ったとき、締結にいたるまでの過程で買い手と売り手のどちらが主導権を握っていたかを考えます。買い手が主導権を握っていた場合、その契約は「買い手が支配していた。」と呼ぶことにします。同様に、売り手が主導権を握っていた場合には「売り手が支配していた。」と呼ぶことにします。具体的に、いくつかの例でこの『支配』という概念をさらに説明します。

3.1 リンゴ

NSモデルで考えて下さい。買い手がリンゴを買いたいと思っていました。図1のNがリンゴです。それを手に入れるために買い手は食料品スーパーなどへ行ってリンゴを探して買おうとします。食料品スーパーという売り手はリンゴを用意していました。図1のSもリンゴです。
この場合、買い手の意思は明確です。リンゴという果物を指定することで明確に示されています。これに対して、売り手はリンゴを並べてただ待っているだけです。この契約の締結に至る主導権を握っていたのは買い手でしょう。ですから、「この契約は買い手が支配していた。」と呼ぶことができます。

3.2 フルーツジュース

買い手はフルーツジュースを買いたいと思っていました。しかし、オレンジジュースなのかリンゴジュースなのか、どのフルーツのジュースにするかは決めていません。売り手はテレビ、新聞などのメディアを使って、買い手にメッセージを送ります。例えば、「パイナップルがいいですよ。」というメッセージを送り続け、結局買い手はパイナップルジュースを買いました。買い手はやや漠然としたNを最初から抱いてはいました。ただ、それをパイナップルジュースという明確なNに変えたのは売り手の働きであり、結果として売り手はパイナップルジュースというSを売ることができました。この場合に、契約の主導権を握っていたのはどちらかというと売り手であり、「この契約は売り手がやや支配していた」と呼ぶことにします。あいまいな表現と思わるでしょうが、契約において買い手か売り手のどちらかが必ずしも圧倒的に「支配」するとは限りません。どちらが支配していたのか、力が拮抗する契約もあります。なお、「やや」とか「圧倒的に」という修飾語を「支配する」という言葉に付けましたが、このような修飾語に関しては今後も厳密に用いるつもりはありません。感覚的に捉えていただきたいと思います。

3.3 iPad

ディスプレイとタッチパネルを組み合わせた操作装置は、工場、銀行のATM端末など、いくつかの産業シーンで使われてはいました。しかし、パソコンの機能や電子書籍リーダーの機能と組み合わせ、通信機能も持たせたiPadのような一般消費者向け商品はありませんでした(と、筆者は思っています)。それをメディアを通じて宣伝し、消費者に「使ってみたい、買いたい。」と思わせ、世界的なヒット商品にしました。図1を当てはめると、iPadの場合には買い手にはNeedsさえもともとなかったのです。そこから、売り手は広告宣伝によってiPadの仕様そのものであるNを買い手に持たせ、売り手が準備万端整えて、iPadというSを買わせました。この契約では、買い手のNを形成するところから売り手が主導権を握っていたことになります。まさに、これは「圧倒的に売り手が支配していた契約」でした。

 

4.支配力はどこから生まれるか

買い手、売り手、どちらが契約を支配するかを何が決めるのでしょうか。上述の3例を考えると、共通の要素を見出すことができます。それは「Nを明確に定義した側が契約を支配する。」ということです。「定義する」とは、「仕様書に記述する」「表わす」という種類の言葉に置き換えることもできます。

リンゴの例では、買い手が「N=リンゴ」と明確に決めていました。それに対して売り手ができることはNに合うSを用意することだけです。売り手Aの他に売り手Bが登場してNに合う別のSを並べるなら、売り手AとBは競争させられることになります。買い手は強い立場です。

しかし、iPadの例ではどうでしょうか。買い手のNを形作ったのも実は売り手の広告宣伝活動でした。売り手が用意したSの機能、性能そのままのNを買い手はインプットされ、そのイメージを抱いて商品を探します。売り手は、売り手の思い通りのNを買い手が持つようにさせて、そう仕組んで、売り手が契約を支配しました。しかも、当時iPadと競合する他社商品がなかった時点では、価格も売り手が支配していました。「欲しければ、売り手の言い値でSを買いなさい。他に同じSはありません。」というスタンスです。売り手同士が競争するリンゴの例とは、まったく異なります。

また、リンゴの例、iPadの例から、いずれの側にせよ契約を支配する側が契約条件を有利に決めることができるということも解ります。

さらにフルーツジュースの例で類推できるように、買い手、売り手どちらが契約を支配していたかグレーな場合があります。いや、むしろ現実の契約ではグレーな場合の方が多いでしょう。商品やサービスの分野によっては、Nが不明確なばかりかSも不明確なまま売り手と買い手がせめぎ合う場面も普通に生じているはずです。

 

5.中間のむすび

以上、本稿で論じる売買契約モデル(NSモデル)をまず定義し、それをどのように実例へ当てはめることができるかを説明してきました。例として挙げたものはいずれもBtoCのビジネスです。また、筆者が概念を導入したかった「契約の『支配』」という考え方について、NSモデルを使って『支配』の意味するところを説明しました。しかし、ここまでの議論はまだ準備段階です。表題に示すように、NSモデルを使って営業強化の方策を論じるのが本稿の目的です。そしてそこへ辿り着くまでにはまだまだ道のりがありますので、ここで一旦「中間のむすび」を置くことにします。

実は、筆者が携わっているのはBtoBのビジネス分野であり、NSモデルを使ってさらに論じたいことがあります。したがって次の投稿ではまずBtoBのビジネスにNSモデルを適用した例を示して議論します。またITCの役割についてもNSモデル的観点から触れたいと思います。そのうえで、営業強化の方策に関して、何らかの普遍的な指針についての議論をできればと考えています。

ITコーディネータ     松下 悟

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