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戦略情報化フェーズにおけるCobiTの活用方法

00 サマリー
CobiTは、ITコーディネートを推進する際のCBK(Common Body of Knowledge)として有効である。本稿では、CobiTを活用し、ある企業の情報化成熟度を検討し、その後の中長期情報化戦略の方向性を設定した体験に基づき、ITコーディネータがCobiTを活用する方法について論ずる。

以下、その要旨である。
(1)CobiTを厳格なITガバナンス成熟度評価ツールとして用いず、対話、啓蒙ツールとして用いる。(2)CobiTに書かれている内容をやさしく時間を掛けて議論してゆくうちに、キーパーソンがCobiTをベースにしたバランスの取れた価値観を持つことができるようになる。
(3)議論には半年程度の時間が必要であるが、効果は高い。
(4)目前の課題を解決する、実際のITコーディネート作業と並行して進めるのが良い。

01 はじめに
CobiTは、またITコーディネータの必須知識となっており、筆者がITコーディネータになるための必須研修を受講した際には、研修の最後に日本語のCobiTテキストを提供された。したがって、本稿の読者は、CobiTの内容をある程度理解しているものと想定し、本稿では詳しい説明は行わない。

ただ、筆者の感覚では、ITコーディネータになるための研修会では、CobiTの存在に触れる程度であり、実際のITコーディネートの場で活用している方は、意外と少ないのではないかというのが正直なところである。理由はいくつかあろう。
 ・CobiTのように、企業全体のITガバナンスを検証するという考え方は、日本では一般的ではない
 ・CobiT第2版が抽象的で日本では使い物にならなかった。
   (CSF/KPI等が今のように整備されたのは現行の第3版からだったと記憶している)
 ・原文が英語で、第3版の日本語訳も解りにくい。(誤訳や意味不明用語も無いとは言えない)
このように、ITコーディネートの現場でCobiTを利用するためには、相応の工夫や土壌が必要とされると思われる。

筆者は、あるITコーディネート案件において対象組織の全体像をつかみ、対象組織の担当役員と認識を合わせるためにCobiTを用いたところ、担当役員と非常に良好な信頼関係を築くことができ、現在も長期にわたるITコーディネートを実施中である。 従って、筆者にとってCobiTは実例も豊富で、ITコーディネータや情報システム部門を取りまとめるマネージャクラスには使いやすいツールのように思える。以下、筆者の体験をベースに、どのような位置づけで使えばよいのかを記してゆきたいと思う。

02 CobiT第3版の構成
CobiTは、米国の情報システムコントロール協会(ISACA:Information Systems Audit and Control Association)が提唱しているITガバナンスの成熟度を測るフレームワークであり、銀行系企業等を中心に活発に利用されていると聞く。

CobiT第3版は、4分野34項目のテーマから成っており、各項目それぞれにCSF、KGI、KPIがかなり具体的に表現されている。これによりコーディネート対象組織が組織の中でどのような情報処理機能を持っておくべきかが解り、0から5までの成熟度モデルにより、ITガバナンスの成熟度がどの程度なのかが見えてくる。

(参考)CobiT第3版の4つの管理プロセス
 1. Planning & Organisation 計画と組織
 2. Acquisition & Implementation 調達と導入
 3. Delivery & Support デリバリと支援
 4. Monitoring モニタリング

CobiT第3版が使いやすいのは、対象組織を見るためのいくつかの切り口/視点を提供してくれるところにある。4つの管理プロセス34項目のテーマという見方以外に、ITプロセスの成熟度で見ることも出来、ITプロセスを動かす「ITリソース」とITプロセスが動かす対象とする「インフォメーションの質」という、2つのコントロール対象ミニマトリックスで見ることも出来る。

なお、日本語版の翻訳だけをたよりにして進めると、意味がわからないことが数多く出てくるので、できれば英語原文も読みながら理解してゆくべきである。訳については、別途論ずる予定であるが、後半のシステムの可用性・キャパシティに関する部分等は、日本語になじまない部分が多く、英語で理解したほうが良い。 (訳の問題についてはこちらのITコーディネータさんも、いろいろ指摘されている

03 シチュエーション
CobiTは、対象企業のキーパーソンや問題意識を持つ人物と最初にミーティングを行う際のクイックリサーチに有用なリストを提供してくれる。(ここでの初回ミーティングとは、単なる挨拶やファーストコンタクトではなく、本題に入るミーティングのことを指す。)

ITコーディネートを行う場合、ITコーディネータによっては、ITコーディネータの位置づけを十分に説明しないまま、一方的なヒアリングに入ってしまいがちである。気持ちはわかる。経営戦略やシステム状況等をできるだけ正確に早く理解し、今後の進め方を判断したいがために、相談者を質問攻めにあわせてしまうのである。 こうした質問攻めは、ITコーディネートを行うために必要だから仕方ないとも言える。

しかしながら、相談者の側ではITコーディネータのこうした行動を必ずしも理解してくれているとは限らない。むしろ、「ITコーディネータはITと経営の両方に詳しく、すぐにアドバイスをくれるセンセイだ」という認識のもと、1回のミーティングで、1回なりの何か自分で判断し考える材料がほしいと考えている場合がある。

従って、ヒアリングだけで終わった場合、多少なりとも釈然としないことも多いようである。まして、コンサルタントやアドバイザーを使うことに慣れていない組織の場合は、ミーティング直後に使える「知見」や「新たな問題発見(気付き)」を求める傾向があるため、注意が必要である。

少なくとも相談者側に、”課題をITコーディネータに丸投げしない”という意思があれば(←実際、相談者側はそうあるべきなのだが)、「気付き」のための何らかのヒントを提示し、ミーティングをして良かったと思えるような成果を提供してあげる事が長い付き合いの最初としては良いと思われる。

ところで、初回もしくは二回目のミーティングまでで、対象組織の相談者から情報をヒアリングしてゆく過程で最も把握しにくい情報は、戦略情報化企画に当たる部分である。実際、経営戦略は、たとえそれがIT的視点から疑問視せざるを得ないものであったとしても、なんらかの形では存在している場合が多いし、調達に関わる情報も、情報システム部門や取引ベンダー等からの情報である程度把握できる。

しかし、戦略情報化企画にあたる部分に関しては、経営とITの中間に当たる部分であることもあって、対象組織内で統一的に把握している人物が少ないことが多い。

そこで、CobiTに網羅されているテーマが重要なポイントになってくる。

中長期的な視点から考えた場合、相談者などキーパーソン自身が自社のシステム部門の位置づけや問題点を客観的に把握する目を持つ事が重要となる。 また、相談者とITコーディネータとの間に共通の言語や価値観を持てるようになることも、その後のコミュニケーションを円滑に進める上で重要なポイントとなる。

04 CobiT活用が効果的な対象
CobiTに網羅されているテーマが重要だといっても、そのままでは消化しにくい。テキストを渡して、「ハイ!このテキストで自己診断してください」と言って診断してもらうわけにはいかない。

CobiTを活用する場合、「企業を診断する」とか「採点してランクをつけ評価する」といったスタンスではなく、「ITに関わるテーマはこんなに広いのですが、何か手をつけておられますか?手を付けられそうですか?不安に思っていますか?」というスタンスで望むべきである。(ランク付けや採点して欲しがる対象組織もあるが、それを目的にしてはならない)

会社の戦略情報化企画を考えるときに、思いをめぐらせないといけない要素がいろいろあって、それらがなぜ重要なのか?なぜ情報システム部長では解決できず、社長や担当役員が関係するのか?ということを理解してもらう事にかなりの重点が置かれると考えたほうが良い。

すなわち、CobiTの活用は、対象組織の短期的な問題解決ではなく、体質改善に効果があるといえる。CobiTが対象としているのは、ITガバナンス成熟度であるため、改善による効果はじわじわとゆっくりと利いてくる。対象組織の柔軟性にもよるが、早くても半年、筆者の経験では数年単位の時間が必要では無いかと考えられる。 したがって、目の前の問題を今すぐ解決しようとしてITコーディネータを頼ってきている場合等には、CobiTの活用は控え、別の方法を検討すべきであろう。

効果は「じわじわとゆっくり利いてくる」と書いたが、これにもコツがある。ガバナンス成熟度を判定し、低いところを引き上げ、全体を平均的(レベル2?3程度)にそろえてやることが良く、情報処理の企画・計画から実施・運用までの見通しがかなりよくなる。(筆者には経験は無いが、場合によっては成熟度が飛びぬけてよい部分をわざと下げて、平均的にしてやる事が良い場合もあるかもしれない。)

ITコーディネートする際に、成熟度を上げて見通しがよくなった部分を上手に褒め、小さなことでも効率化に結びつけて行くことが必要であろう。

一方、対象組織の規模については、数人で構成される小規模事業者では難しいが、情報システム部門やシステム専任者が存在する規模の組織であればまったく問題無く、情報システム部門やシステム専任者が存在しない場合でも、CobiTの大半は活用できる。

05 具体的なCobiTの活用方法のアウトライン
実際にCobiTを活用するにあたっては、以下の4つのステップを踏む。

ステップ1
初回ミーティングに先立って、作業内容と目的の提示を行う。すなわち、この先どのような領域について質問を行うか、どのような速度で話を進めてゆくか、何がアウトプットかを明示した資料を提出する。

ステップ2
週に90分×2回、対象組織の相談者やキーパーソン(CIO相当者、経営企画部門)との定期ミーティングをアサインする。

ステップ3
週2回のうち1回目はヒアリング、2回目はヒアリング内容のまとめと次回の説明、という流れを作る。
筆者の場合は、ExcelでA3用紙1枚のミーティングシートを作成した。シートには、「今回のテーマ」「ヒアリング項目」を記述し、「現状」「あるべき姿」「対策」「課題」の欄を空欄にし、ミーティングの前日にメールで送付した。(2週目以降は、前週のヒアリング結果を元に、空欄部分を埋めてゆく)
ヒアリング項目は、各テーマのKPIやKGIを元に具体的な質問項目を記述しておいた。

ステップ4
最後に、報告書を作成する。

4つのステップは、本題のITコーディネートと並行して進める場合もあるし、ステップが完了してからITコーディネートに本格的に取り掛かる場合もあると思われる。

尚、ITコーディネートを進めてゆく中でのCobiTの活用にあたっては、先にも述べたように診断的なスタンスに立たないことである。あくまでITコーディネートをして、効果的なIT投資を促進させるのが目的である。採点はあくまでコミュニケーションを円滑にし、理解を共有するための道具に過ぎない。 CobiTのプロセス記載順序どおり、Planning & Organisationから始める必要は無いし、KPIやKGI等を事細かく追求する必要も無い。分厚い分析資料はできても、全体像を担当者と共有できなかったり、全体像がはっきり見えなければ失敗である。例えば…

・コストコントロールは厳しいが、事前調査コストも出さず、一発勝負をしがち
・IT化を社長の人脈に頼りすぎており、ITベンダーと長期的な関係構築が出来ない
・部門のIT化推進にばらつきがあり、強いところはより強く、弱いところは弱いままであり、全体最適が出来ていない
・運用がベンダー任せででたらめで、データの品質が悪い
・システム部門がITを理解していない経理部の下にあり、良い提案が途中で消えている

などなど。CobiTに照らして様々な角度から検討することによって色眼鏡を掛けずに、対象組織のITガバナンスを理解することができる。

06 作業内容の提示
初回ミーティングに先立って、目的、作業内容、スケジュールを提示する。初回ミーティングでCobiTを使用する目的を明確にする。ただしCobiTという名称を出す必要は必ずしも無い。このフェーズでの目的は、経営と情報システムとの関係の健全性、成熟度をITCが理解し、相談者と認識を合わせることに設定する。

これによって、
 ・情報システム投資の健全性やリスクがわかるようになる
 ・場当たり的対応をしている部分、属人的な部分がわかるようになる
 ・中長期戦略を立てる場合の判断材料となることを説明する。
作業の進め方は、対象組織の状況や相談者のポジション等により、様々な方法が考えられる。筆者が実施したケースでは、後述するように週に2回、90分のヒアリングを情報企画室のトップを中心に時折情報システム部長を交えて約半年(25週間)続けた。

07 週2回のミーティング
週2回のうち1回目はヒアリング、2回目はヒアリング内容のまとめと次回の説明、という流れを作る。 週に2回×半年間という期間は実際には長く、また担当者にとってもITコーディネータにとっても辛い作業であるが、CobiTが取り扱う広範な分野をCIOに理解してもらうには消化するための時間が必要であり、決して長い時間ではない。

CobiTは、大きく4つの分野に分かれているが、後回しとなるのはシステム監査等の部分である。システム監査は重要な機能であるが、監査機能を持たない対象組織が多く、細かいヒアリングには入ってゆけない場合が多い。また、この時点で監査の重要性を説いても、あまり効果を持たない場合がある。

そこで、この監査部分は簡単に終わらせて、そのかわり、CobiTによる分析結果をどのように現場に還元してゆくかを相談する時間に当てたほうが良い。たとえば、対象組織の特性によって
 ・トップダウンで統制力の強いプロジェクトを編成する
 ・改善効果の高い部署から改革を断行し、実績を持って全社に広げてゆく
等、さまざまなシナリオが考えられる。

08 まとめ資料
アウトプットは、戦略情報化企画書のような形や、情報活用成熟度評価レポートのような形が考えられる。CobiTをベースにした診断資料。あまり精密に行っても意味が無いと考える。学術論文ではないし、他の企業に公開するものでもない。社内改革を推進するために効果的なアウトプットかどうかが重要となる。

最終アウトプットとしては、戦略情報化企画書のような形や、情報活用成熟度評価レポートのような形が考えられる。検討すべきは、アウトプットの形では無く、そのレポートを対象組織に戻した場合、どのようなインパクトを与えるかということである。したがって、闇雲にレポートを提出するのではなく、相談者との間でレポートをどのようにリリースすれば最も良い効果を対象組織に与えるかを、ゆっくりと考えて提出すべきである。

09 相談者の「気づき」
筆者のある事例の場合、相談者は経営企画部門や情報システム部門を監督する役員で、実質的なCIOであった。ただし、職歴からIT部門出身ではなかった。したがって、CobiTの名前は出さず、「こういう広範囲なテーマで定期的なヒアリングを持ちたい」と提案した。相談者は当初、「日次会計」の導入に熱心で、それが実現されば多くの経営課題(経営陣の意思決定の迅速化等)が解決されると考えていた。

しかし、CobiTによる面談を繰り返すうちに、相談者は日次会計システム導入というのが会社が持つリソースや情報の質を考えていない戦術であることに気づき始めた。

むやみにシステムの増強を行う前に、整備しておくべき重要なことが数多くあることに気づいてきた。そして、日次会計に取り組む前に、商品マスターや顧客マスターといった基本中の基本データを洗い直し、現在のシステムが5年以上にわたり蓄積し続けてきた情報と組み合わせて見えるような仕掛けを作るほうが重要であることが見えてきた。

様々な目新しいシステムを次々に提示することではなく、自組織を見つめ正しいポジショニングを図ることが結果としてよりよい経営計画とそれに続く戦略情報化企画を生むことになる。

10 さいごに
CobiTをベースに情報システム部門のあり方を客観的に見つめ、標準化や測定化を進める土壌が出来始めると、ITコーディネートは非常に楽に進む。また、CobiTが提示するテーマは、ITILを利用する場合にも非常に有効であり、親和性が高い。ITコーディネータ諸氏にあっては、CobiTには500以上のCSF、KPI、KGIが含まれているので、こうしたノウハウをうまく活用し、対象組織の情報活用力の向上に努めていただきたい。

(以上) 約7000文字

初版2004年6月11日
改訂2005年2月16日
ITコーディネータ 0038332004C 太田垣 博嗣

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