1. はじめに
ベトナムでソフトウェア開発事業会社を設立するに当って、現地で社員を採用し要員を整えなければならない。想定する事業規模に合わせてどんな資質を持つIT技術者をどのように集めるのか、頭を悩ませる計画事項の一つとなる。日本とベトナムでは社会慣習や国民性、技術者の価値観などが異なり、もちろんベトナムに合ったやり方でこの課題をクリアしなければならない。
ここではベトナムでの現地IT技術者の採用活動について、これまでのわたしの経験を通して得てきた実状を紹介したい。
2.会社の組織体制をまず考える
1) 職位と職種と人数
社員の採用に入る前に、会社の事業規模を考慮して組織、それぞれの組織の機能、必要な人数を決める。募集前に、それぞれの職位に求める業務内容、求める資質などを決める。応募者を面接する際に、その職位を想定して適性を判断するからである。個人に与える仕事の範囲は、役割分担を欧米流の考え方と同様に行って職種の専門性を尊重せねばならない。多能化というと聞こえは良いが、ともすると何でもさせようという日本式の仕事の割り当て方はベトナムでは受け入れ難い。ソフトウェア開発を行う企業の場合、プログラマ、システムエンジニア(または開発チームリーダー)、通訳、そして経理主任、計4種類の職種の社員を採用することが最小限必要である。ベトナムで営業社員を置くとすれば、その要員も別に必要である。
日本的な発想にたてば、このうち2つの職種の能力を一人で持つ社員を雇って労務費を少しでも下げたいと考えるのも自然である。しかし、ベトナムにおいては能力による給与格差が比較的小さい日本の現状からの発想で社員を揃えようとすると、かえって労務費が高くなってしまう。高い能力を持つ社員はその能力に応じた高い給与を要求してくるために、結局は給与支払額を上げてしまうことになる。例をあげると、開発リーダー兼通訳ができる社員一人の給与は、開発リーダー1人と通訳1人の給与を合計した金額よりも高くなるのである。そしてベトナム人たちはこの能力と給与格差を当然のこととして受け入れている。
また、社員の定着率が低い。したがって、採用する人数枠も転職をある程度予想して多めに設定しなければならない。日本的な考え方では、一旦採用した社員を減らすことが難しいという暗黙の前提をもって、ぎりぎりの人数で要員計画を考えてしまう。これはベトナムでは当てはまらない。若干の余剰要員を抱えることによる労務費の増加と、社員が転職して人数が減り仕事を受注できなくなるリスクを比較すると、前者のリスクを負担するほうがいかに影響が小さいか試算をしてみれば容易にわかる。現時点で労務費レベルはおおよそ日本の10分の1である。
では、社員が減らないから困ることがでてくるだろうか。能力が低い社員に対して給与評価を低くとどめ続ければ、その人はやがて会社に不満を抱いて自分から転職していく。将来が見えない会社と思っても、さっさと社員は辞めて行く。一方で、特定の優秀な社員に頼りきって会社運営をしていると、当該社員が他社に転職してしまった場合に会社が致命的な痛手を被ることになる。この理由からも社員は多い目に雇う方針は正解と思う。
2) ソフトウェア開発会社の一般的な組織
4人程度のプログラマを1グループにして、彼らを一人の開発リーダーに管理させるグループ構成を取ることが多い。その上に、マネージャを置いて複数の開発リーダーを管理させる。このあたりの組織構成の考え方は日本と大差ない。通訳は開発フェーズによって業務量がほとんどない期間があるので、このグループには入れず別に通訳チームとしてグループを作る。
経理とアドミ機能は、ソフトウェア開発関係とは別組織となる。財務省への登録事項の一つに会社の経理主任の登録があり、この資格を持つ人を必ず雇用しなければならない。
3.採用手段
1)大学新卒を採用するには
募集手段は、IT学科などがある大学に直接依頼して募集の掲示をしてもらうこととインターネットの就職サイトに募集広告を出すことの二つを用いることができる。現地で動けるベトナム人の伝手があればその人に大学との窓口を頼めるし、伝手がなければ会社設立業務を委託するコンサルタント会社などに頼むこともできる。募集時期は卒業の1~2ヶ月前から行う。これ以上早い働きかけは無意味である。日本のように一年以上も前から就職のことを心配する習慣はベトナムにはない。また、就職活動は学生個人と企業との面談や給与条件交渉であり、大学は関与しない。
学生を早期に囲うために奨学金やインターンシップなどのサービスを企業が学生に提供することもあるが、これを盾にとって学生を囲い込むことは実際にはできない。学生はいくらでも他の企業の給与条件などの情報を手に入れることができるし、その他社と同等以上の条件をこちらが提示できなければ、入社交渉は成立しない。もし奨学金の授与条件に入社を必須条件として誓約書などを書かせたとしても、学生がその企業で働く意欲を持たなければ、企業としてそのような社員を雇っておくことはしない。仮に一旦は入社させることができたとしても、本人が希望すればいつでも退職はできる。
3) 中途採用の場合
この場合も、インターネットの就職サイトを利用するのが便利である。コンサルタント会社でも人材紹介をしてくれる場合がある。さらに、新聞で採用広告を見ることもあるが、そのような広告を出してくるのは限られた一部の大企業だけである。インターネット就職サイトへの掲載費用の相対的な安さ、その掲載だけでどれだけ多くのベトナム人が応募してくるかを実感すれば、経験上これ以外の人材募集方法を使おうとは思わない。
ベトナムで事業を展開する場合、資格や能力のある経験者を集めて会社組織を作っていくのが主体となる。開発リーダーやマネージャ、経理主任などを新卒学生から育て上げることはしない。人を育てることには時間がかかりすぎるからである。新卒はプログラマとして雇う。また、2年も3年もかけて新卒を育て上げても、その後、彼らが転職して行けばそれまでの教育は無駄になる。会社側として彼らに転職して欲しくないと考えても、いつかは彼らが要求する給与を会社側は払いたくないと考える時期が来る。そうなると、その人材は他社へ移っていく。ソフトウェア開発事業を始めるときにはまず経験者採用で必要な組織枠を埋めていく。プログラマも雇う。中には、この会社でスキルを磨いて他社へ転職していく社員も出てくる。逆に、他社でスキルを磨いてこちらの会社に転職してくる社員もいる。人の出入りは常にあるものと割り切って人材育成を行い、採用による補充も常に計画しておく。
4.面接
1) 応募者の評価
応募者が集まると彼らを一人ずつ面接する。そのときに、日本と同様に評価するポイントがある。それは、応募者の仕事に取り組む態度、コミュニケーション能力、そして技術者としての能力である。面接時からあからさまに「自分は仕事がよくできる」という態度を出してくる人もいる。あきらかにおとなし過ぎる人もいる。いずれもわたしは不採用とした。入社後に起きてくる問題が見えてくるからである。面接時にはそれほどではなくとも入社早々からプライドを表に出して振舞っていた社員は、決して定着せずやがて転職して行った。技術者としての能力は、こちらの質問に対する受け答えの中でごまかしているか実力か見当がつくものである。
日本と異なるのは、定着性と給与の提示である。転職はベトナムでは至極普通の行動であり、中途採用に応募した理由を質問し、妥当そうな答えをもらい、その点を深く追求しなかった。あまりに腰が軽く半年持たないと思えるような人はさすがに採用しなかったが、日本で同様の面接を行うほどには転職リスクを意識しなかった。要は、彼らが会社を気に入ればこれまで何度転職してきた人でも今度はとどまってくれるのである。日本人上司の姿勢も大きく影響するのである。
面接を始めて一通りのやり取りをしたあとで、応募者と給与の議論をする。この点に関しては、日本ほど奥ゆかしい?やり方をしている国はない、といつも感じている。日本では、初回の面接に金額の話を生々しく高い低いと論じ合うことはまずないのではなかろうか。面接を終えて一旦帰っていただき、当人を採用する決定をしたあとで、おもむろに本人に給与を通達?する。ベトナムでは面接の際に、必ずこの点に触れてくるし、こちらもその条件を示す。どれほど良い人材であっても、本人の希望額と用意できる給与が違いすぎればその人の採用をあきらめるしかない。早く白黒をつけるためにも、給与を示さない面接は無駄である。
必然的に採用側の面接に入る前の準備として、どのポストにどのくらいの給与を払うつもりか、すでに採用済みの社員とどうバランスを取るか、給与テーブルや各種手当ての設定など、基本的な規則を決めて給与額提示の準備をしておく必要がある。
面接において応募者が今得ている給与を質問し、新しい会社でいくらを希望するかを質問し、それまでの質疑から判断してこちらとしていくら給与を払うことが出来るかを述べる。希望給与を吹っかけてくる人もいるし、そうでない人もいる。普通は、希望給与額はこちらが提示する給与より高い場合がほとんどである。採用したい人材の場合、しかも用意していた給与の条件では採れない場合には、面接を終えた後で改めて検討し直して、電話で給与額の交渉を行ったことも多かった。
半年後にはいくらになるとか、日本語2級を本人が取ればこれだけになる、といった先の話はベトナム人にとって考慮事項に入らない。入社してすぐにいくらもらえるのか、それが今の給与よりも同じか高いか、それが彼らにとって重要なのである。給与が下がっても入社したいという応募者は、逆に何か特別な理由があると推察して、慎重に扱った方がよいと思う。
2)何語で面接するか
IT技術者の多くは英語を話せる。こちらも英語ができれば英語で、と考えてしまう。しかし、日本人が話す英語は日本語訛りの英語であり、ベトナム人には理解しづらい。同様に、ベトナム人の話す英語はベトナム訛りの英語であり、慣れていないと非常にわかりにくい。
結論は、きれいな英語の話せるベトナム人か日本語を話せるベトナム人に同席してもらい、ベトナム語で面接を進めるのが正解となる。当初はコンサルタント会社のスタッフに応援してもらう手もある。すでに何人かを採用していれば、その中から信頼できる社員をえらび同席させるのが最も望ましいのではなかろうか。技術的な能力を見るためには、たとえベトナム語しかできなくても技術のわかる社員も同席させて質問させ、技術能力をその社員に評価させる。
5.むすび
ベトナムで日系のソフトウェア開発会社の設立に関与したために、何十人と言うベトナム人IT技術者を面接する経験をさせていただいた。そして、転職によるキャリアアップが他の諸外国と同様に行われているベトナムは採用活動は日本以上に合理的であると感じる。なぜなら、日本でもそうであるように、短い時間の面接だけでその人の性格、能力、会社との相性などを見抜くのは至難の業だからである。面接を受け、採用され、入社してその後にその会社が自分に合わないことが解ったなら、また別の会社に変わって行けばよい。いろいろと角度を変えて比較すると終身雇用の長短は出てくるが、少なくとも人材採用の観点では終身雇用は非常に重く難しい。また、職位相当の給与、給与相当の職位を求め受け入れるベトナムの技術者は待遇に対する考え方も一般に日本人が考える以上に合理的である。
今後、同様の経験をされる方には、ぜひベトナム流の合理的な考え方を受け入れ、それを活用してベトナムでの会社運営を円滑に行っていただきたい。
ITコーディネータ 松下 悟