1.はじめに
日本企業が、海外、特にインド以東の諸外国で日本向けシステム開発を行うようになって久しい。ソフトウェア開発の分野で日本からのオフショアアウトソーシングの相手国としては中国が最大のパートナーであり、今日でもその存在感は非常に大きい。そして次のアウトソーシングパートナーとしてここ数年、ベトナムが注目を集めている。少なくとも2002年ごろには、ベトナムでソフトウェア開発を手がけている日本企業は希少であった。
アウトソーシング先としてベトナムが選ばれる理由の一つに、ベトナム人の優秀さや勤勉さを挙げることができる。これはよく日本人と比較され日本人と近いと言われているポイントである。それは本当だろうか。以下では、ベトナム人IT技術者たちの考え方、価値観などの特徴について、日本人経営者がどのようにベトナム人技術者たちの力を活かし彼らとwin-winの関係を築けるかという観点から、わたしの経験してきたことを論じる。もちろん、技術者一人ひとりを見たときには個人差があり、「すべてそのとおり」と断言はできるものではない。ただ、日本人の企業家が漠然とベトナム人の行動を予測しようとする時、本文で述べることを知っておいていただければと思う次第である。
2.優秀さ、勤勉さ・・・日本人に似ているところ
1) 優秀さと勤勉さ
一般に日本で折に触れて言われているベトナムIT技術者の優秀さ、勤勉さについてそのとおりとわたしは思っている。
日本企業が同国で技術者を採用する場合、4年制以上の大学(学部の期間がホーチミン工科大学など4年半制の大学、ハノイ工科大学など5年制の大学もある)のIT学科を卒業した技術者、あるいは大学のIT学科卒業後に他社でプログラマやシステムエンジニアとして働いた経験のある技術者を採用することになる。
IT技術者としての基礎学力の面ではどうだろうか。大学を卒業して間もない技術者を採用しても、プログラム言語の知識などソフトウェアを作るための知識と多少の作成経験を彼らは持っている。プログラム言語の教育など入社後に基礎教育をやり直させる必要を感じたことはない。
勤勉さ、真面目さ、これらも日本人と平均レベルを比較して、勝るとも劣らない。言われたことをきちんとする。結果不十分でも、彼らなりにベストを尽くそうという姿勢が見られる。仕事中の態度もまじめである。与えられた仕事に対して熱心に取り組む点で、一般の日本人技術者と比べ、日本人の方が劣るという見方を持つことはあっても、その逆はほとんどない。もちろん、彼らにやりがいのある仕事が与えられているという前提があることは、言うまでもない。仕事が与えられず暇な社員が仕事にやりがいを持てず、結果として勤務モラルが落ちるのはどこの国でも同じである。まだ、一口に「優秀である、勤勉である」と言っても当然個人差がある。卒業大学による格差もある。
仕事に対する真面目な姿勢は、ベトナム以外の東アジア諸国におけるIT技術者の勤労モラルと比べてレベルが高いと感じている。日本と文化的にも交流が少なかった外国で、勤勉さの面で日本的感覚に近いモラルをもった社員を雇えるのは稀なことではないだろうか。
2)英語力
また、IT技術を学んだ者は、知識取得の手段として米国の文献、インターネットのサイトをよく利用している。したがって、プログラム言語に関する情報などを英語サイトから入手して自主的に問題解決を図る能力は日本人技術者よりも優れている。関連して、英語を読む能力にも長けている。
3)勉強熱心さ
特筆すべきこととして、勉強熱心であることを挙げる。仕事を終えた夜に日本語学校、経理学校などに通って資格を取ろうとすることなど、若いベトナム人の間では珍しくはない。ホーチミンシティなど大都市の多くの教育機関も、そのような仕事を終えた後に学ぼうとする人々の必要を満たすためにいろいろな教室を遅い時間帯に開講している。日本の同年輩のIT技術者と比べて、このような学習意欲の面で、ベトナム人IT技術者の方が熱心である。
3.技術者気質と価値観・・・日本人と異なるところ
では、日本人のIT技術者とベトナム人IT技術者との差異は何であろうか。
1)エンジニアとワーカー
まず、ベトナムでもエンジニアとワーカーの差が他の諸外国と同様にはっきりしている。ワーカーであれば、指示されたことはするが、自ら仕事を組み立てて計画しそれを実行に移す能力が一般に低い。そして、注意すべきこととして大学卒の経歴を持つ技術者であっても「ワーカー」が多い。つまりエンジニアの資質を持つベトナム人技術者が意外に少ない。この点に配慮しなければ、ベトナム人IT技術者を集めて会社を作ってはみたものの社員全員が「待ち」の姿勢で、ひたすら日本人からの指示を待ってそれを遂行し、終われば次の指示を待ち続ける、そのような組織になってしまう。たとえプログラマとして多くの技術者が優秀であっても、エンジニアとして動ける技術者は少ない。ベトナムでの大学教育のやり方か、歴史的な影響か、理由を論じるほどの立場には筆者はいない。とにかく、技術者の資質を見抜いてエンジニアを適切なポジションに配した組織を作らなければ会社として機能しない。採用の際に学歴だけから当人がエンジニアかどうかは判別できない。
2)英会話力
次に、英語の文書を読む力あると述べたが、日本人同様に英会話が出来る技術者は少ない。日本人が日本語の母音子音を使って英語を話すのと同様、ベトナム人もベトナム語の母音子音を使って発音する。英語圏の人との会話経験も少ない。ゆえに、日本人とベトナム人が英語で会話しても、互いに相当期間話し続けて相手の発音の癖を把握するまでは、英会話で意思を通わせることは難しい。もちろん、日本人技術者よりもはるかにきれいな英語を話すIT技術者も全くいない訳ではない。ただし、そのような人を見つけることは、上述のエンジニア資質をもつIT技術者同様、難しい。ソフトウェアの仕様書を説明する場面などで日越の通訳を通した会話でなかなか相互理解が進まないときに、日本人とベトナム人が英語を使って直接理解しあえるのことができればどれほど問題解決が早いか、想像に難くないであろう。
3)勉強の動機
勉強熱心さに関して、動機もストレートである。何のために勉強を続けるのか、それはより資格や能力を着けて、より高い給与をもらうために勉強する、というのが常識である。日本人であれば自己啓発といっても少し遠い将来のために自己投資するという印象がある。その将来の夢の一つに高い給与が含まれているとしても、ベトナム人ほどストレートに勉強と高い月給とを結びつけて行動に移してはいない。ベトナム人の場合、より多くを勉強し資格を得て、それでも会社から思うように給与を上げてもらいたいと考えている。日本語学習も日系企業でよい給与の職を見つけるためである。英語を勉強しているならば欧米系企業で高い給与も得て働くためである。給与が思うように上がらなければ、その次には転職先を探す行動をとる。ただし、この点では日本の企業人の行動パターンが特殊であって、ベトナムを含め諸外国では普通の行動パターンと考えるべきかもしれない。
4)納期や品質に対するモラル
品質、納期を守るモラルは個人差が大きい。平均的には、日本人と比べるとモラルは低いと思える。何度言って聞かせても、結果は同じ。結局、日本人が付きっ切りで仕事を見ていなければ、期待するような品質や予定の納期でソフトウェアは出来上がって来ない。これは、どうしようもない日本との差異と感じてしまう。
では、その条件の下でどうすることが解決策になるのか。それは、モラルの高い人を開発グループのリーダーに置き他の技術者を管理させるのである。そうするだけで、グループとしてのアウトプットを出させることができる。企業運営の側にそのような運営工夫が必要である。
5)働く動機
自分が働く企業に対する帰属意識やロイヤリティも日本人とは異なる。ベトナム人技術者が一番気にすることは給与の金額である。一流企業にいるから、多少の給与の低さを我慢できる、と考えるのは日本人だけである。企業の将来性や将来の給与の上昇を期待して、今は安い給与で我慢することはない。2年後に上がるから、5年後に上がるから、という見方で自分が働く企業にとどまり続けることはない。今、月々いくら手取りがあるのかが第一かつ最大の関心事である。
少しでも高い給与をもらえる会社を探しては転職していく。そう、彼らは常に他社の求人広告を探している。インターネットの採用広告サイトを使って募集をかけると、その日の夕方までに数十人の応募が入ることもある。つまり、仕事中に彼らはインターネットで採用広告を見ていることになる。友人同士で給与を含む労働条件を常に情報交換し合い、現状よりも条件のよい企業があればさっと移っていく。
ただ、だからといってすべてのベトナム人が上のように判断する訳でもないことも申し添えておきたい。社会人になって数年以上の経験を積んだ人、結婚して妻子のいる人などで、企業の継続性、将来性、発展性を月額の給与以上に重視している非常に考慮深いベトナム人IT技術者をわたしは何人か知っている。そしてそのような人たちこそ、ベトナムに進出する日本企業と安定した良好な関係を築き、相互に利益を享受できる社員となってくれる。
4.むすび ~ベトナムでの円滑な企業運営のために~
上述のような現実を踏まえ、ベトナムでの事業を営む日本人経営者はどのようにベトナム人技術者たちと接して行けばよいだろうか。
ベトナム人技術者の考え方、行動の動機を日本人も肯定し納得して、それを前提に従業員施策を取って行くことが現実的な対処になる。まずは彼らの考え方の土壌で彼らが違和感を感じない人事制度を作り、彼らの処遇を決め、会社運営をしていく。端的にいうと能力や資格を持つ技術者に高給を与える。そして、全員の勤務成績を評価しそれを次の給与改訂に反映させる。そのような、ある種ドライな給与システムを企業に取り入れて運営する。
その制度の下で企業を運営し日々共に働くうちに、時間と共にある程度安定した日越社員の信頼関係が生まれ、日本人が自社に対して抱くようなロイヤリティに近いものも一部のベトナム人社員に見られることもある。同じ職場で意思疎通を重ねて初めて、継続して同じ企業で働くことのメリットなど、日本的な思考の合理性もベトナム人は理解できるようになる。
ITコーディネータ 松下 悟