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売買契約モデルから考える営業強化の方策(その2)

1.はじめに

前稿に引き続いて、営業強化の方策に関しての指針を図1のような売買契約モデルのイメージを持って考えます。

図1 売買契約モデル(NSモデル)

買い手には何かを手に入れたいという欲求があり、その対象をNeedsと呼びます。図では「N」と表します。売り手は売って対価を得たい何かを持っていて、その「何か」をSolutionsと呼びます。図では「S」と表します。前稿で導入した「売買契約を『支配する』という概念」は、売買契約においてそれを締結に至らせるまでに、買い手と売り手、どちらが主導権を握っていたかということでした。買い手が主導権を握っていた場合、その契約は「買い手が支配していた。」と定義しました。同様に、売り手が主導権を握っていた場合には「売り手が支配していた。」と定義しました。事例を検証してみると、契約を支配した側がその契約を有利に進めることができるということがわかりました。そして、契約を支配するために、買い手であろうと、売り手であろうと、「Nを明確にした側が契約を支配する。」という一般則を説明しました。

前稿ではBtoCビジネスにおける契約の支配を取り上げましたが、引き続いて本稿ではBtoBビジネス、特に生産設備の設計や製造、およびその工事を行うビジネスにおける契約の支配を考えます。

 

2.BtoBビジネスにおける売買契約の『支配』

2.1 プラント建設における契約の支配

国内・国外を問わずプラント建設においてはエンジニアリング会社や大手建設会社など(以下、コントラクターと呼びます)が主役となっています。プラントの発注者はその設備を持つことで何かを生産する事業を営もうとしています。コントラクターは、発注者が望む製造プロセスのオーナーであったり、設備が所定の機能と性能を発揮するための仕様諸元を握ったりしています。さらに、建設工事そのもののノウハウを保有していて、設計の進め方、仕様書の書き方、資材発注のやり方、下請けのサブコントラクターとの契約、現地での建設工事の工程や品質管理、検査のやり方、全体の発生コスト管理など、すべてをコントラクターが主導するのが通例です。プラント発注者がプロセスオーナーの場合でも、それを具現化するノウハウは多くの場合にコントラクターにあります。

この分野にかかわるコントラクターとサブコントラクターとの売買契約においては、コントラクターが契約を支配しています。サブコントラクターは、コントラクターが示した設計図や施工計画を元に見積をして応札するだけです。ただ、コントラクターの言うとおりに製作するだけであり、建設工事をするだけです。受注に至るまでには同業他社との競争に晒されます。NSモデルに当てはめるならば、明らかにコントラクターがNを明確にもっています。それゆえにコントラクターは契約を支配できるのです。

2.2 中小製造業での生産設備の製作や工事

大企業と異なり中小の製造業では、直接生産に携わらず生産するための技術に責任を持つ設備技術者(いわゆるスタッフ層)の陣容が厚くはありません。大企業では生産設備に関する高度な技術スタッフを自社に持っていて自社の求める物を詳細に仕様に記述できるので、前述のプラント建設と似た契約の支配形態となります。しかし、買い手が中小の製造業である場合には技術力や人的余裕も制約から、売り手が仕様を示せる、つまりNを規定できる機会が多くなります。保有する設備が少ないが故の設備更新の機会の少なさ、経験のなさ、設計するだけの技術力の不足、技術動向を追いかけ続けるマンパワーの不足など、中小の規模であるがために慢性的に抱える問題があるからです。具体的には、売り手が保有している設備に関する技術、技術革新に追随した提案、設置工事の施工方法に関するアイデアなど、買い手が持っていないものすべてを売り手がNを規定するチャンスとなります。

 

3.営業強化の方策

これまでの考察を踏まえて、本題の営業強化の方策を考えてみましょう。それを一般化して定義するなら、「契約を支配する能力を強める。」ということです。もちろん、この定義では現実の答えにはなりません。どうすれば営業は、契約を支配する能力を高めることができるのか、そこへ踏み込んでいく必要があります。とりわけ、BtoBのビジネス分野で、どうすればその契約支配力を強くすることができるでしょうか。言うまでもなく、売り手に独占的な技術や商権などがあれば、それは契約を支配する力を初めから持っていることになります。が、そこまで市場を席巻できる企業は限られています。普通の企業は、どんぐり状態の競争状態に晒されつつ自社の発展を目指しています。以下では、このような普通の企業を想定して、営業強化の方法を述べます。

3.1 買い手のニーズを描ききる

買い手が考えてNを規定する前に、売り手が先取りしてNを規定してしまうことによって契約を支配します。そのためには買い手が求めるものを探り、それを提案書という文書にしてしまう、または、Nをサンプルという実物にしてそれを買い手に示す、などの方法があります。営業に能力があれば自分でNを記述できるでしょう。それよりも高度な知識を必要とする場合、企業の業態によっては、エンジニアを巻き込んでそれを行うことになります。一言で提案書と片付けていますが、実際には、契約の中身(ものの提供、工事、建設、情報サービス、レジャーや安心に関係するサービスなど)によって、提案は様々です。

契約を支配する能力の強化とは、営業部門だけに注目するのではありません。このような一連の活動ができる力を企業として持つことが営業強化になります。営業個人への教育や訓練でそれを行える場合もありますし、企業の事業運営のルールの中で技術部門や購買部門などへの強制力を営業に持たせる、技術の本質的な役割の中に契約支配の使命を織込む、なども営業“機能”として企業活動の中に位置づけることもできるでしょう。買い手自身が明確に持っていない自分のニーズを探り目に見えるものにする力をいかに強くするかが要点です。

3.2 スピード

ここでは時間的な対応力を念頭に置いています。売り手が契約を支配したいと思っていても、売り手からの適切なアプローチができないならば、買い手はイライラします。そして、自分で仕様を記述し、それに応えられる売り手複数社に声を掛け、売り手主導で、つまり売り手が契約を支配する型に持っていこうとするのは必然です。それをさせないためには、売り手側が先々に仕様や提案を示し、クロージング(契約締結)へ買い手を引っ張っていくスピード、買い手の技術部門等を動かす影響力、クロージングまでのストーリーを描くことが必要になります。ストーリーは売り手がリーダーシップを持ち続けるために必要です。例えば、売り手が提示する見積価格が買い手の予算や想定額と乖離しているなら、買い手は前に進めずに商談は止まります。どこがおかしいのか買い手はチェックに入り、クロージングに向けてのスピード感は失われます。Nに対する相場観、クロージングへのストーリー作り、これらはいわば純営業的なスキルと呼ぶことができるでしょう。これらのスキルがなければスピード感をもって契約を支配することが難しくなります。

これらを営業部門として体系的に教育することで営業強化策は具体化していきます。また、技術部門への影響力という面は、企業の組織運営の中でマネジメント層が改善テーマとして取り組んで行けるレベルの課題です。

3.3 強化の限界

上述のような強化策をとったとしても、当然ながら限界があることも触れておきたいと思います。Nを買い手が常に徹底的に描きることのできる強い顧客は厳然と存在します。買い手側のちょっとした事業構造の進化や営業スキルの強化だけでは力の逆転が難しい契約関係が多々あります。本稿で述べたプラント建設の業界もその一つでしょう。そのような企業は、逆に、これまで契約の支配を続けることができてきたからこそ、現在に強い企業として生き残っていると言えるでしょう。

 

4.ITCの役割

ITCにはシステムベンダーに属しておられる方が多くおられますが、基本的には援助をITCに求めて来られた買い手側のサポート役です。買い手側のニーズを調べ、問題抽出、課題の設定、解決手段の策定を行います。ベンダー側に契約を支配させることなく、買い手優位に契約を支配して必要な情報システム構築ができるよう働きます。また、視点を変えて、ITを用いて買い手の営業強化を支援することも考えられます。それを実現するための原則は、これまでに述べてきたとおりです。

 

5.むすび

具体的に業界や事業分野を想定するならば、その立ち位置から営業強化のアルゴリズムをそれぞれに描くことができるはずです。しかし、今回は対象を絞らず、普遍性を残した状態で、「営業強化」というテーマを論じてみました。営業力を強化し企業の競争力を高めることを考えるときに、一つの視点として本稿での概念を利用していただきたいと思います。

ITコーディネータ     松下 悟

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